●大和時代(5〜6世紀)
 ─印度―中国―朝鮮―日本
●飛鳥・奈良時代(7世紀)中国(唐)
 ─遣唐使(吉備真備きびのまきび)将棋を持ち帰る
●平安時代(12世紀)
 ─小象戯中将棋・大将棋・大々将棋(192枚)
 ─小将棋(40枚)・中将棋(92枚)・大将棋(354枚)
●鎌倉時代
 ─上久世駒かみくせ(京都)材質:桧・杉
 ─朝倉駒(福井)材質:桧・杉
●安土桃山時代(16世紀)〜皇室の遊び〜
 水無瀬駒
 正親町
おおぎまち天皇(106代)・後陽成ごようせい天皇(107代)
 天皇の勅命で水無瀬兼成が駒作り
 桧・杉で木地作り墨で書く
 豊臣秀次(水無瀬家に駒作りを命ず)駒銘を水無瀬
●江戸時代(17・18世紀)
 ─将棋を武将の作戦勉強に使用
 後水尾
ごみずのう天皇(108代)
   水無瀬神宮に茶室を造り将棋文字を書く(錦旗)
●江戸時代中期
 駒師 源兵衛清安 げんぺいくよやす 優雅な美しい書体で人気がある
  (清安の駒と盤が現在の名古屋徳川家宝物殿に有る)
 清定・安清は同門の駒作り師
  「金龍」流枝駒(初代)
  斎田小源多(2代) 町井利左ヱ門(現代の駒形を金龍形)
  天童駒は別製 白大形
●江戸時代末期(将棋を庶民も使用)
 将棋所開設
   大橋宗桂 8段
   駒作りし、将棋も指導し、職業とす。
   木地は黄揚・黒檀・紫檀、 特に堅木を使用。
   将棋盤にはかや・桂。大橋家を将棋の家元となす。
   代々宗桂を名乗る
  (令息、宗金も宗桂を明治末期まで名乗る)
●明治時代(京の都を東京に)
 大橋宗桂家元が第一世名人、宗古第二名人
  伊藤宗印第11世名人、木村義雄第14世名人
  大橋家・伊藤家が将棋駒製作者であり基師でもある
  奥野一香(東京)竹内丑松(酒田・雅号:棋洲)
江戸末期(織田藩二万石)吉田大八藩主代理・家老(野呂・菅井・丸山)が藩内武家に将棋作りの内職奨励した。米沢藩より大岡力次郎・河野道介を招聘
●廃藩後
 ─武家が本業として家族産業となす  
 ─原材料:木地には奥羽山系より槙・朴(ほほの木)主として使用       漆も地漆  
 ─書駒専門(草書体)  
 ─ 楷書体は明治35年後(奥羽本線開通後)
●天童の有名な書駒師
 ─大 岡 力次郎・河 野 道 介
 ─山 川 千万蔵(雅号:基一)
  父親は織田藩指南役、山川竹四郎(千葉一門・北辰一刀流)  
 ─大 石 権 蔵(雅号:満月)
 ─武 内 七三郎(明治中期、東京に楷書体の修業)
 ─松 田 幸 蔵   大正中期より昭和の中期まで書師として、  又、幸蔵駒で有名 現代の書師は幸蔵師匠の流れの書体である   ─
森   恵 治(雅号:天恵)
  昭和10年より、松田幸蔵に師事し、現在にいたる。
  通商産業大臣より伝統工芸士の認定を平成9年に受ける
●彫駒について
 ─三河金次郎(雅号:金光)明治時代、印鑑・菓子形板の製作    (大和駒が有名)  
 ─ 弟子に  
   田中信蔵(号:金信)・森山慶三(号:武山)・
   佐藤 静(号:天一)  
   現在彫師20名 現在書師2名 外に伝統工芸書・彫駒教室を
   開き受講者12名
  平成8年通産省より伝統産業として指定を受ける。
  山形県で第四番目